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かなりグローバル?な環境の中、気になるニュース発見
日経に目を通せば、なじみの無い日本語に気づく
中国語。漢字が分かれば大体の意味は理解できる(発音と文法がネックだなー)
英語。中学、高校と基礎を習う機会は貴重ですね
韓国語は聞いても見ても分からん 約束(日)がヤクソクッ(韓)なのが笑える
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英語を母国語にする人にとって習得しやすい言語は何なのか? もしくは難しい言語は何なのか、一目でわかる図が海外で話題になっている。
「what are the hardest languages to learn?」(学ぶのにもっとも難しい言語は何?)という図によれば、中国語、アラビア語、日本語、韓国語がもっとも習得するのが難しいという。
ポルトガル語・・178,000,000
フランス語・・・・・67,800,000
イタリア語・・・・・61,700,000
ルーマニア語・・ 23,400,000
オランダ語・・・・・21,700,000
スウェーデン語・・ 8,300,000
アフリカーンス語・ 4,900,000
ノルウェー語・・・・ 4,600,000
ロシア語・・・・・ 144,000,000
ベトナム語・・・・ 68,600,000
トルコ語・・・・・・・50,800,000
ポーランド語・・・・40,000,000
タイ語・・・・・・・・・20,400,000
セルビア語・・・・・16,400,000
ギリシャ語・・・・・ 13,100,000
ヘブライ語・・・・・・・5,300,000
(イスラエル)
フィンランド語・・・・・5,000,000
アラビア語・・・221,000,000
日本語・・・・・・122,000,000
韓国語・・・・・・・66,300,000
老婆(ろうば)が泥だらけになった孫のランドセルを手にしながら、孫の姿を懸命に探していたり、震災で親をなくした子供たちが里子に出されるなどという報道を聞くと、まさに戦後さながらの殺伐とした状況に戦慄さを覚えるのである。自(おの)ずと遠い昔、私が中学生であった当時の戦後に自然と思いは馳(は)せる。
上司との関係が良いだけで社内での待遇が良くなる中国ですが
(仕事が出来なくても昇進できる、休みが取りやすい などなど)
日本にも「天下り」や「コネ入社」というものがありましたね。
あーやだやだ
諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。
また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。
とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。
未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。
このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。
諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。
大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。
大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。
多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。
楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。
君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。
学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。
誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。
大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。
言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。
中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。
大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。
大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。
池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。
「今日ひとりで海を見てきたよ。」
そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。
悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。
時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。
いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。
いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。
海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。
真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。
鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。
教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。
「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32
一言付言する。
歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。
泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。
今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。
被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。
巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。
本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)
被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。
梅花春雨に涙す2011年弥生15日。
両親がはじめて来日した時に、「ああ、日本はなんて騒がしい国だ。」という苦情を受けました。
「もう、クララちゃん、ここはうるさいから、喫茶店で休もう。」と二時間毎に言われました。
四年経って、二人が再度に来日すると、
「さすがに、日本はZENの国だね。とても静かで、人も落ち着いてて、時間の感覚はなんだかゆったりしているだね。だから、あれ・・・
古池や 蛙飛び込む 水の音
ってね。日本人は静けさをめでるんだよね。」
とかなり違うイメージを持っていました。
初来日の両親は板橋区か豊島区辺りのウィークリーマンションに泊まって、二度目の来日は日本橋から車で一時間ぐらい離れている小さな町のホテルに泊まっていました。板橋区も特に騒がしいと思わないけど、二度目の滞在中には観光が主な目的ではなく、当時住んでいたのどかな町で、人と接して話しました。田舎の友達に、両親は
「ゆったりでいいわね。」というと、
「どこが?ここ?」と笑われました。
なぜ、そういった違った印象を持っていたのでしょうか。
もちろん人と多く接した事は多く影響していると思います。初来日の時には、観光ばかりで、話していた日本人はホテル、駅、空港だけなのではないかと思います。それから、特に東京だけにいると、日本はうるさい国だと思います:
外に、「いしぃぃやきいも!いしいやきい~も!やきたてぇ~♪」 と売り物の声。
「右に曲がります」を警告する軽トラ。
商店街の店頭でスピーカーから「イパネマの娘」が聞こえ、レストラン、デパート、スーパーでは、BGMではなく、あらゆるジャンルの音楽は流れている。ゴミの収集車でさえ、楽しげにさえずっている。
「お忘れ物のないようご注意ください。」、「電車が参りますので白線の内側までお下がりください。」と注意する駅のアナウンス。
「悔い改めよ。天の国は近づいた!」と耶蘇教への改宗をがんがんとせき立てるスピーカー。
「よろしくお願い致します。」と空約束を知らせる政治家。
川柳師匠に負けないで軍歌を流す右翼の街宣車、名前も聞いた事ない歌手の歌を流す宣伝カー。
庭園でさえ、スピーカーから流されている小鳥のさえずり。
「押ボタンを押して下さい」、「しばらくお待ちください」、「信号が青になりました」と説教したがる信号。
それから、お知らせするわけではないけれども、薄い壁を通して、隣の家の人の会話、テレビ、喧嘩、げっぷ、おなら、交尾音までが聞こえます。
こんな環境の中には救急車やパトカーの音はもう目立たないんですね。そういった意味では日本はとてもうるさいです。
踏み切りの警報音は確かに必要ですが、「電車が参ります。」と二、三度知らせてから、また二三度到着した電車の目的地を知らた上に、出発ブザーが鳴った上に、「電車が発車いたします。ご注意下さい。」と何度か知らせる事は必要でしょうか。
まだ日本語がそれほど聞き取れなかった時期に、「なんて、何をアナウンスしているかな?お話?」日本人は繰り返しに対する忍耐や我慢は大変強いでしょうか。
日本語が少し聞き取れるようになって、
「駅に、人ごみに圧倒される中、老人や子供がそんなにいないのに、なんでこんな細かく注意するんだろう?」
と思ったりしていました。もっとひどいのはビーチ!ビーチはもちろんちゃんと利用時間があります。大自然の中に、
「夏の紫外線はとっても強いです。日焼け止めクリームをこまめに塗りましょう!熱中症に注意!ゴミは各自で持ち帰りましょう。美しい海であるように、ご協力をお願いします。スタッフの指示に速やかにお従いください。食後の水泳はやめましょう。」
これは、英英語でいわゆるnanny stateなんでしょうか。つまり、何でも、ナニーのように、なんでもよしよしと面倒を見てくれる国家のことですね。そういう社会に慣れている人は、誰も責任を持てなくすんで、誰も発言しないようになりますと批判する人はいます。
少し考えたところ、アナウンスは個人を注意する類と、他人に迷惑をかけないようにと呼びかける類に識別できるのではないかと思います。
「携帯電話の電源は必ずお切り下さい。コンビニのレジ袋のカサカサ音は、意外と気になるものでございます。お隣との会話なども、意外と気になるものでございますので、ご遠慮下さい。」
と、先日夢空間の落語会で流されたアナウンスは、その後者である。注意する側の
「お静かにしてください!」
「うるさい!」
というのは、不和を乱す行為であって、逆にウルサイですよね。気になる事は、アナウンスが注意してくれていますので、自分から「うるさい!」と隣のおばさんを注意しなくて済むでしょう。
(ただ、「居眠りされるお客様はいびきをかかないように心得て下さい。」というアナウンスもほしいですね。一番注意しづらいですよ。)
日本人は他人を注意するのが苦手のようですから、アナウンスが多いという解釈もあるでしょう。確かに、高いお金を払って、セミナーに参加する際、「質問ありますか。」と聞かれても、質問する日本人は少ないです。アナウンスが流れることによって、人間関係が緩和されるという利点もあるのではないかと思って、それはとてもいいことです。
日本の大学で留学した時は、講義やゼミの多くは10時からはじまったため、ほとんどの移動は自転車やバスで済ませました。はじめて満員電車に遭ったのは、日本語学習7年目ぐらいでした。7年前の若き自分。はじめて北千住から日比谷線に乗って、広尾にあるドイツ大使館に向かいました。
当時の大使館は朝一行かないと、何時間も待たされる恐れがありましたので、午前7時半~八時あたり北千住駅に着きました。
「ふ~む。し・は・つ。つまり、電車は北千住の駅を出る時にはじめて人が乗るんだ。へえぇ。なんで、皆、三人行列、三つ並行並んでいるでしょう?まあ、いいや、ここに来る電車に乗ろう。」
と思い込んでしまった。
「どうせー座れなさそうで、壁にもたれることができるドア辺りで立ちましょう。」
と思って、電車に乗ってから、動かなかった。
当然、人に流されて、ドアとドアの間、つり革もないところまで流されました。ラーメン屋さんの箸立てに入っている箸のようにぎゅうぎゅうと詰められました。満員電車に慣れない体がそれを簡単に受け流せませんでした。
「おおい!痛いよ!」
と声を出して、
「もう人が入れないのよ。」
とまでコメントしていました。
今思うと、とてもとても恥ずかしい話ですけど・・・ 私は当時はまだ畳化はしていなかったんですね。分かりますでしょう(笑)
しかし、皆が皆で、その場で、自分の思いを通していれば、大変な喧嘩になります。ベルリンでは山手線のような状態では絶対になれない気がします。他人を無視するような態度をとらないと、出来ないですよね。
それから、人口密度の高い首都圏では、「入口の付近には立ち止まらず、車両中程までお進み下さい。」というアナウンスがあるからこそ、皆でやっていけます。
ただ、前者、個人が注意される類のアナウンスは過保護だと思います。3-5年前のフジロックに言った話です。少し泥のある小さいヤマを登ろうとしていたところで、フジロックのお兄さんに注意されました。
「危ないですから、おやめ下さい。」
と、丁寧に注意されました。
「登山靴なので、こんな泥でも大丈夫ですよ。こけません。」
「危ないですから、おやめ下さい。」
と再度に注意されました。
「ここの段差は階段二段ほどですよ。それぐらいは自分で登れます。大丈夫ですよ、自分の事は自分でよく解っていますから。」
と説明しようとしても、登らせてもらえませんでした。
「幼稚園じゃないんだよ!もう!全く!」
とぶつぶついいながら、40メートルの迂回しました。来日歴10年でも、傘は持った?、ここは登るな、ということを注意する事は子供扱いと言う気がします。そこで、3・11後に色々友達と同僚と話しましたのは、日本人の安全意識です。災害の危険性はよく把握して、行動しているけれども、物が起こってからの行動なのではないでしょうか。是非とも、日本人の安全意識についてのコメント、twitterやコメント欄に頂きたいと思います。
しかし、アナウンスの良い面もあります。14年前にはじめて日本に来た時に、日本語は
「これは桜ですか。梅ですか。」
「駅はどこですか。」
程度しか話せなかったです。当然、
「駅はですね… この商店街をずっとまっすぐ行くんですね。左側に小さい八百屋があってね、注意しても見逃すほど小さいですよ。その過度で曲がって、右に行きます。国道に突き当たると、ずっと左に行きます。左にエネオスがあるところに右に曲がる。ただ、その前にはJOMOのガソリンスタンドもあるけど、間違わないで下さいね。エネオスで曲がるのよ。それから、また300mぐらいまっすぐ歩いて、もう、電車の路線が見えるはずですよ。」
なんて説明はわかるわけないですよね。
その日本語レベルの私は、新宿でドイツのクレジットカードでお金がおろせるATMを探していました。しかし、ATMなんて日本語は知らないで、Geldautomat, Bankautomatを独和辞書で調べたら、「現金自動支払機」が書いてあります。今思うと、実用性に欠けていますね、この辞書!そんな言葉、誰が使うんですか。それに、そんな漢字はとても読めそうにありませんでしたので、英語で
Excuse me, could you please tell me where the closest cash dispenser for VISA cards would be?
と丁寧な英語で聞きました。知らない人に対して丁寧に話すべきという教育を受けましたからね…
そうすると、こんな複雑な英語は、新宿の日本人に「ノーイングリッシュ」と怖がられて、逃げられました。一時間してもATMが見つからない。制服のおじさんは警察官だと思って、ATMの事を聞いても知りませんと。
「親切な日本人は何だ!ひどいよ、この国!」
と涙が出そうなところ、とにかく飲み物を買おうと思って、手当たりの自動販売機で水のペットボトルを買いました。110円を入れて、ペットボトルが出ると同時に、「ありがとうございました。」と自動販売機の案内が流されました。
日本はアナウンスがあってよかった。
日本人は相手にしてくれなくても、とにかく機械は話してくれました。


