×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/report/?id=20090520-90006992-r25
「仕事と私とどっちが大事なのっ!?」
と泣き叫んでくれる彼女こそいない筆者ですが、
もうじき三十路を迎えるお年ごろになって、
残業続きの毎日にやや疲れ気味。
でも、自分だけやらないわけにはいかないし
というシビアな現実の中で最近気になっているのが
近年になって国や企業が提唱し始めた
「ワークライフバランス」というキーワード。
仕事と生活を調和させましょう、
そのためには残業を減らしましょう
なんて一見イイ話っぽいけれど、
現実的にそんなことは可能なんだろうか?
というわけで今回は、
注目されつつある「ワークライフバランス」の視点から、
僕らの新しいワークスタイルを考えてみましたよ。
と泣き叫んでくれる彼女こそいない筆者ですが、
もうじき三十路を迎えるお年ごろになって、
残業続きの毎日にやや疲れ気味。
でも、自分だけやらないわけにはいかないし
というシビアな現実の中で最近気になっているのが
近年になって国や企業が提唱し始めた
「ワークライフバランス」というキーワード。
仕事と生活を調和させましょう、
そのためには残業を減らしましょう
なんて一見イイ話っぽいけれど、
現実的にそんなことは可能なんだろうか?
というわけで今回は、
注目されつつある「ワークライフバランス」の視点から、
僕らの新しいワークスタイルを考えてみましたよ。
「残業」をやめると出世できるってホント?
仕事へのモチベーションは人それぞれだけど、好むと好まざるに関わらず、僕らの毎日についてまわるのが「残業」という現実。仕事量が多すぎるから、出世したいから、自分がやらなきゃ誰もやってくれないからというふうに、様々な理由から僕らは残業する。
その一方で、近年の国や企業が「残業を減らせ!」と要求する。仕事が終わらないから帰れないのに無理やり帰れって言われても困るんだけど。この矛盾は一体どうして起こるの?
「端的にいうと、かつての日本と現在では、社会の構造が大きく変わったことが原因です。日本人の人件費が安かった高度成長期にはベストな経営戦略だった社員の長時間労働が、現代では企業の経営を圧迫するコストになってしまっているんですよ」
その一方で、近年の国や企業が「残業を減らせ!」と要求する。仕事が終わらないから帰れないのに無理やり帰れって言われても困るんだけど。この矛盾は一体どうして起こるの?
「端的にいうと、かつての日本と現在では、社会の構造が大きく変わったことが原因です。日本人の人件費が安かった高度成長期にはベストな経営戦略だった社員の長時間労働が、現代では企業の経営を圧迫するコストになってしまっているんですよ」
と語るのは、仕事と生活の相乗効果を提案しているコンサルティング企業「株式会社ワーク・ライフバランス」代表の小室淑恵さん。
「そのために、企業が求める人材像も大きく変化しています。かつて会社員にとっては長時間働けること=美徳だったわけですが、現代ではむしろ短時間で高い成果を上げられることが重要になっているんです」
そりゃ短い時間で仕事がこなせれば最高ですけど、現実的に残業なしで帰れる職場なんて少ないのでは?
「確かに、日本企業の風土として残業の美徳は根強く残っています。ですが、今の経済市場で生き残っていくうえでは、従来からの経営戦略はすでに限界が見えている。そこで注目され始めたのが『ワークライフバランス』の考え方です。企業の残業コストの削減という文脈で語られることが多いのですが、一方で個人が自分のキャリアを形成していくうえでも、今後は欠かせない要素になっていくと考えられているんですよ」
個人のキャリアと残業削減が、どんなふうにかかわってくるの?
「市場が飽和状態にある現代では、ありふれたモノやサービスに消費者は見向きもしません。そこで企業が求めているのは、新しい価値観を提供できるような斬新なアイデアを生み出す発想力の持ち主です。でも、それはいくら職場で残業を頑張っても、身に付けることができないスキルなんですよ。発想力のヒントは、充実した日常生活のなかにこそ潜んでいるもの。職場と自宅を往復するばかりの生活では、市場が求めるアイデアを生み出すことは難しいんです」
確かに、残業続きの毎日だと、新しい情報のインプット量が極端に少なくなる気がします。
「結局、あふれた仕事を残業で処理するというのは、ある意味で一番楽な対処法なんです。ただし、その代償として本来なら様々な人と出会って人脈を築いたり、長期的なスキルアップの勉強をしたりといった学びのチャンスをどんどん失ってしまう。その結果、課題(残業が必要になる理由)を乗り越えるための根本的なスキルや発想力を身に付けられないまま、時間ばかり消費してしまいがちなんです」
長く残業をする=『ライフ(生活)』での刺激を受ける機会が減ってしまうってわけですか。
「現代は、ヒット商品も季節が変われば消えてしまうほど商品サイクルが速い時代です。何かが売れているときに、もう次のアイデアを考えなければいけない。そのためには、職場で目先の仕事ばかりに追われていてはダメなんです。時間に余裕がある20代こそ、あえて残業をせずに『ライフ』の時間を充実させるべきなんですよ」
企業側の視点で考えれば、残業を減らす=人件費の削減&人材のスキルアップにつながるわけで、一石二鳥の経営戦略というわけか。あくまでも「理想論」という気がしないでもないけれど、企業に求められる人材を目指すうえでは、意識しておいて損はないかもしれません。
「そのために、企業が求める人材像も大きく変化しています。かつて会社員にとっては長時間働けること=美徳だったわけですが、現代ではむしろ短時間で高い成果を上げられることが重要になっているんです」
そりゃ短い時間で仕事がこなせれば最高ですけど、現実的に残業なしで帰れる職場なんて少ないのでは?
「確かに、日本企業の風土として残業の美徳は根強く残っています。ですが、今の経済市場で生き残っていくうえでは、従来からの経営戦略はすでに限界が見えている。そこで注目され始めたのが『ワークライフバランス』の考え方です。企業の残業コストの削減という文脈で語られることが多いのですが、一方で個人が自分のキャリアを形成していくうえでも、今後は欠かせない要素になっていくと考えられているんですよ」
個人のキャリアと残業削減が、どんなふうにかかわってくるの?
「市場が飽和状態にある現代では、ありふれたモノやサービスに消費者は見向きもしません。そこで企業が求めているのは、新しい価値観を提供できるような斬新なアイデアを生み出す発想力の持ち主です。でも、それはいくら職場で残業を頑張っても、身に付けることができないスキルなんですよ。発想力のヒントは、充実した日常生活のなかにこそ潜んでいるもの。職場と自宅を往復するばかりの生活では、市場が求めるアイデアを生み出すことは難しいんです」
確かに、残業続きの毎日だと、新しい情報のインプット量が極端に少なくなる気がします。
「結局、あふれた仕事を残業で処理するというのは、ある意味で一番楽な対処法なんです。ただし、その代償として本来なら様々な人と出会って人脈を築いたり、長期的なスキルアップの勉強をしたりといった学びのチャンスをどんどん失ってしまう。その結果、課題(残業が必要になる理由)を乗り越えるための根本的なスキルや発想力を身に付けられないまま、時間ばかり消費してしまいがちなんです」
長く残業をする=『ライフ(生活)』での刺激を受ける機会が減ってしまうってわけですか。
「現代は、ヒット商品も季節が変われば消えてしまうほど商品サイクルが速い時代です。何かが売れているときに、もう次のアイデアを考えなければいけない。そのためには、職場で目先の仕事ばかりに追われていてはダメなんです。時間に余裕がある20代こそ、あえて残業をせずに『ライフ』の時間を充実させるべきなんですよ」
企業側の視点で考えれば、残業を減らす=人件費の削減&人材のスキルアップにつながるわけで、一石二鳥の経営戦略というわけか。あくまでも「理想論」という気がしないでもないけれど、企業に求められる人材を目指すうえでは、意識しておいて損はないかもしれません。
「残業」と「結婚」の微妙な関係って?
連日のように続く「残業」は、基本的に避けたいもの。でも、キャリアアップを目指してバリバリ働いている人のなかには、もっともっとたくさん仕事がしたい! と考える人もいる。特にR25世代の男性には、既婚と未婚とを問わず「おれが今のうちに出世して、家族を養えるようにならなきゃ!」みたいなプレッシャーもあるようだけど。
「男性のなかには、自分が稼がないと将来的にも家庭をもてない、今のうちに頑張って出世しなきゃ! という焦りをもっている人が多いんですが、実はそれがそもそもの誤解なんですよ」
と語るのは、仕事と生活の相乗効果を提案するコンサルタント会社「ワーク・ライフバランス」代表の小室淑恵さん。
「かつての日本なら、団塊世代の男性一人の収入で子供を3人育てることができたので、一家の大黒柱という言葉にリアリティがありました。しかし、生活コストが増大した現代では、男性一人の平均収入では子供を1.2人までしか育てられないという計算があるんです。つまり、男性がどんなに張り切っても家族を十分に養えない時代になっているんですよ」
うーん、なんだか情けないような。ってことは、今時は結婚するなら「共働き」が当たり前なわけですか?
「男性が一人で年収1000万円を稼ぐのはすごく大変ですけど、夫婦が二人で500万円ずつならそれほど難しくないですよね。日本の女性は教育も十分に受けていて、仕事をするうえでのポテンシャルは非常に高いんです。でも、出産や育児といったイベントに直面すると、仕事を続けることをあきらめてしまうケースが多い。それは社会の制度的な問題に加えて、周囲から影響で自信を失ってしまうことが大きな原因なんです。それでも、夫から『君は仕事の才能があるから、辞めたらもったいないよ!』と励ましてもらえれば、妻は頑張っていけるもの。つまり、今の時代の男性に求められる能力は、バリバリ稼ぐことよりも、むしろ妻が仕事をあきらめないですむだけの励ましを続けられるかどうかなんです」
でも、実際に育児などをしながらそれまでと同じレベルで働くのは難しいのでは?
「ITを活用したテレワークや在宅勤務、時間に融通が利く短時間勤務など、多様な働き方を取り入れた制度は広がってきていますが、大切なのはそれらの仕組みを使って働いている本人が『自分はフルタイムで働いている人間だ』という感覚を持ち続けることなんです。実際のところ、1日1時間くらい業務時間が短くても、仕事の成果はそれほど変わりません。それでも『自分は短時間勤務の人間だから』と職場内で引け目をもってしまうと、仕事にマイナスな影響を与えるんです。組織としても、ひとり意欲の低い人間が混ざっていると、それに引きずられて全体のレベルが落ちてしまう。全員の意識が揃っていることで、仕事へのモチベーションも失わないし、成果のアウトプットも維持できるので、社員も会社もWin-Winの関係でいられるんです」
確かに、自分が定時で帰ってるのに、周囲が残業してると後ろめたいもの。その意識が取り除ければ、いろいろな働き方が受け入れやすくなりそうです。
PR
ビジネスは、どこの国でも収益を上げることを目的に行っています。ところが同じ目的遂行をするにしても、組織内での動き方や働き方は、日本と海外では大きく異なります。
今回は、日本企業の国内の慣習に慣れた人が、海外の職場に入って戸惑う点、悩む点、驚く点など事例を交えて紹介します。今後は国内でも外国人上司が増えることが予想されます。人の考え方や行動の違いを押さえておくことは、国内でも役に立つと思います。
ことばによる忠誠、実力でしか評価信用されない人間関係
■「何も期待していないから、自由にやってもらいたい」
日本企業では、自分の裁量で仕事をやらせてもらえますが、海外企業では経験や年齢に関係なく、仕事も目標も会社から与えられるのが当たり前です。
「君には、この仕事の内容で、この顧客をお願いしたい」
「この顧客を担当するのですか。過去数年なんの動きもありませんが」
「何も期待していないから、自由にやってみてほしい」
何も期待していないと言われても、現実には1年間という時間設定があり、その中で決められた数字を上げなければなりません。自由にやってもらいたいとは言いながらも、現実にはすべての業務は一字一句、PCで報告し、ボスからの介入を受けます。
「報告書は、CRM(イントラ上)にアップしないでほしい」
海外企業には、そう宣言する上司もいます。部下が報告を上げてきたら、上司には共に数字を達成する責務が課せられます。経営も、報告を上げた担当者、管理する上司双方に対して数字は100%達成するものと期待します。
何も期待していないというのは、まったく表面上の言葉に過ぎず、海外ではすべての数字は達成して当たり前という考えです。
海外の職場では完全なる能力評価、経験年数ではなく、すべては実績で決まります。最初からリスクを伴うと判断された従業員には、重要ではない仕事しか回ってきません。このように、日常業務の中で切磋琢磨し、知恵を絞って数字を上げることが自己研鑽につながります。
■「君、誰にものを言っているんだね」
これからは国内でも、外国人の上司に仕える機会は増えてくると思います。 日本企業の職場では、和気あいあいと上下に関係なく、気さくに話ができる環境がほとんどですが、海外では大きく異なります。
「上の身分の人には、ハイとだけ言うように」
海外の職場は、基本的に階級社会です。平等や対等という意識はなく、階級を常に意識しなくてはなりません。一部の業界だけが、専門職のプロジェクトで運用するフラット組織です。
上司の能力査定で雇用も賃金報酬も決められるため、部下は完全な管理下に置かれます。
「君、誰にものを言っているんだね」
上司によくこう言ってたしなめられている部下の姿を見かけます。部下が上司に食ってかかっている姿を目撃したあと、しばらくすると、部下の姿が見えなくなくなります。
「合わない上司の下には、長くは居られない」
日本ではめったに経験できない階級社会、海外の職場では、国内で身につけられない修業がたくさんでてきます。
■日本人スタッフが間違えました
日本人がその上下の関係に入ると、現場ではすさまじい戦い、責任のなすり合いが起こります。例えば、外国の上司は顧客の目の前で部下のメンツをつぶすことを平気で行います。しかし日本人の部下はほとんど反論することがありません。
外国人上司 「彼のアクションが遅いから、今回も市場競争で遅れを取っています」
日本人部下 「ちょっと待ってください。その話は後でしましょう」
日本人部下 「ちょっと待ってください。その話は後でしましょう」
第三者との会議で、身内の議論は失礼とばかりに、日本人部下はぐっと我慢をしている様子がわかります。何か言いたいことがあったら言った方がいいですよ、私は海外勤務の日本人にそう促しますが、いいんですとみんな押し黙ってしまいます。能力査定ですべてを握られているとはいえ、海外では違うことは違うとはっきり反論しなくてはなりません。
「マレーシアから部品を3ヵ月分も持ってきていいんですか」
「大丈夫、その方が安上がりだから」
日本のサプライチェーンではあり得ないことですが、海外の上司はそんな指示を平気でします。数ヵ月後、経営トップから過剰在庫が経費を圧迫しているとの指摘があり、外国人上司にコメントを求めたところ、こう説明をされました。
「日本から来たスタッフが間違えました」
冗談じゃない! 上司がサインした書類を盾に、そのあと泥沼の大げんかになったことは言うまでもありません。運用セオリーを説明して、なぜ日本では在庫圧縮が厳密なのかを説明しましたが、外国人上司には最後まで理解されませんでした。
その後、日本からの従業員は英語が不十分であるとか、働きすぎでメンタルヘルスにかかっているとか、海外の上司は部下を切り捨てたくなるとあらゆる手を使って追い落としを仕掛けてきます。
最後、自分の力で部下を説得できない、自分の責任を回避できない場合は、国内では聞いたことのないような暴言を吐き、部下をののしることがあります。
「You are crazy!」 (自分が想定できない状況場面に遭遇した際の定番セリフ)
クチで戦わずして、自分の身は守れず。
「Get out from my sight!」(こんなことも知らないのか、消え失せろ)
罵声には罵声で応酬する。上下ポストで生活をかけた激しいせめぎ合い、これが海外の職場の現実です。
■ハッピーバースデー
海外の職場では、横の関係も注意が必要です。上司が評価査定を武器に気に入らない部下を攻めてくるような場合は、同僚が上司に加担して、足を引っ張る行為に協力するかもしれません。
そこで同僚が行うイベントには、必ず参加して仲間意識を高めます。どこの職場でも、外国人の同僚は上司へのごますりを欠かしません。典型的なイベントにお誕生日祝いがあります。バースデーカードにお祝いのメッセージを書いて、上司に日頃の感謝の気持ちを示します。日本の職場ではめったにやらないことなので、歯がゆいものがあります。
「Happy Birthday, Dear Boss」
「You are the best!」
こんなメッセージを読むと、日本人の感覚としては、いい加減にしろよという気持ちになります。それでもぐっとこらえて、ハッピーバースデーの歌を歌う時はにこやかに、上司のお祝いに参加します。 海外で仕事をすると、生活を守るための努力や気配りが山ほどあり、日本の職場より信頼関係の維持は大変です。
日本人のように、生活のためには働かない
■ サーバーが落ちたわよ
海外の職場では、想像を絶する「人が仕掛ける罠」というのがあります。新任者は、上司とうまが合わないと大変な経験をすることになります。能力が十分でない、仕事ぶりが遅い、厳しい評価を受けながら仕事を始めて3ヵ月頃になると、突然いろいろな信じられない出来事が起こります。あるシステム担当者は、いろいろな部門のマネジメントと良好な関係で、よく働くと評判がよかったのですが、上司にだけには目の敵にされていました。
「サーバーが落ちたわよ」
企業で24時間体制で管理運営しているサーバーが落ちることなど、天災以外考えられないような環境なのに起こったのです。 みんなが腑に落ちないでいると、
「新任のあなたのオペレーションに、何か落ち度があったんでしょう?」
「新任のあなたのオペレーションに、何か落ち度があったんでしょう?」
そういって責任を全部取らされ、退職に追い込まれました。本人はしばらくの間、自分の身に起きた事態が理解できない様子でした。海外の職場の罠はすさまじい、身が凍りつくほど。あり得ないことが平気で起こることに驚きます。
■社長に言いつけてやる
反対に、自分が上司になった場合は、部下からの集団の突き上げもよくあります。日本人上司が外国人従業員と向き合わないため、コミュニケーションが不足し、互いに信頼関係を築くことができず、追い出しに合うことがあります。
「社長に、言いつけてやる!」
実際に本社に上司の悪口を送って、社内クーデターを画策した部下は即解雇されます。ほとんどが対話によって信頼関係が作れなかったことが原因です。
フォーチュンベスト100に出てくるようなグローバル大企業では、実績能力主義が徹底され、数千倍から数十万倍の倍率で採用が決まるため、こうした問題を見聞することはありません。他方、縁故採用や紹介制度が残っている職場では、パワーゲーム(陣取り合戦)がよく行われています。
米国のある地域では、事業部まるごとボスと部下十数人がいっしょに転職するという動きがあります。ボスが新しく勤務した企業の部署では、昔からいた従業員を嫌がらせで退職させ、元の部下十数人を呼び寄せるという方法をとります。GDP世界第1位の米国という国には、日本国内では聞いたことのないビジネス習慣が残っていて、けっして珍しいことではありません。
海外では、人の垣根によって自分を守ること、どんな卑怯な手を使っても自分が勝つという意識が強くあります。
チームへの貢献とコストパフォーマンスが判断基準
■ チーム貢献が足りていません
海外の仕事は、日本と同様に長期雇用を前提としているものの、収益結果に左右される雇用契約という認識が一般的です。そのため、能力評価が賃金報酬アップには欠かせない交渉条件となります。ここが、雇用安定を求める日本人の考え方と大きく異なる部分です。
「給料を上げてください! 昇進はまだですか?」
「個人の職務遂行はいいけれど、チームの成果向上での貢献がまだ足りない」
日本人が海外でマネジメントを始めると、現地従業員から評価査定をめぐる個人交渉で悩まされます。同時に昇進させるとすぐ辞めるという問題も起こっています。
「会社はあなたの潜在能力に投資するのだから、昇給分は仕事の結果で払ってもらいます。達成のためには、具体的にどんな方法を考えていますか?」
日本企業の大半では、賃金報酬と果たすべき義務の関係が明確になっていません。
外国人従業員にとって、能力評価は働く意欲の源泉になっています。能力を見込んで昇進をさせたのなら、仕事で返してもらうという意識を引き出すことが重要です。
■ 自分の年収分の売り上げを持ってこい
最近の日本企業は、会議など合議の時間で消費される無駄が蔓延し、社員は疲弊しきっています。企業は営利活動を目的としているので、時間の使い方、人の集い方も考えなくてはなりません。
海外ではコストパフォーマンスという言葉をよく使います。
「こんなレベルの会議は、必要ないのではないか」
「タイムイズマネー、自分の高い時間を無駄にするな」
「自分の仕事は時給三万円、この程度の内容はお前たちで決めろ!」
参加する人の時間給によって、仕事の内容が変化します。この仕事内容はこの賃金水準の人がやる仕事である、という定義がはっきりしているため、時間の無駄が発生しません。
「これは私がする仕事の内容ではない。君がやりなさい」
そう指示されると、自分の賃金を考えて、誰も文句を言う人はいません。逆に仕事のしない人、できない人には容赦がありません。
「最低でも、自分の年収分の売り上げを持ってこい!」
平素の業務で、こういう職務訓練を受けると、自分の能力や身の丈が自覚でき、謙虚で実践的な自己成長を引き出す努力をするようになります。あの上司と同じ時給になるためにはどんな能力が必要か、どんな実績が必要か、そのためにはどんな仕事の機会を得て結果を示さなければならないのか。
以前、全米市場でトップ営業に輝いた人々と仕事をしたことがありました。彼らがなぜ全米でトップの実績を出せたのか、表面にあらわれない仕事の努力が並大抵ではないことを知り、納得しました。努力なくして、結果は出ず。競争する数やパイが大きい市場では、強い精神力と深い専門能力を武器に、コストパフォーマンスは追求できるのだと理解できました。
退職は引きとめられない、他の社員も誰も知らない
■いつまでも会社員でいるよりいい
グローバルに見ると、アジアや中国大陸では長期雇用が一般的です。違いは生涯企業の従業員として働く人がエリートでは少なく、独立事業者になる人がたくさんいることです。会社員としての勤務経験は、自分ではできない経験や場を踏むためで、戦略的にキャリアアップを狙う人や独立して経営者になる人の比率が高いところが、日本人の就業意識と大きく異なる点です。
「いつまでも会社員でいるより、いいから」
長年、東南アジア、中国、台湾、米国、欧州といろいろな企業経営者と話をしていますが、彼らのほとんどは会社員のキャリアを経て独立しています。彼らの職歴や実績を見ていくと、やはり一つの流れを持ったキャリア戦略が読み取れます。能力が高く実績があれば、会社員を一生続ける必要はないのです。
日本企業の人材育成は熟成型で時間をかけて大器を作り上げています。一方、海外では個人の力の格差が大きいため、ビジネスの才覚を早い年齢で開花させようと最大限の努力を払います。しかし人生を通してみると、最後まで大儲けしているかというとそうでもありません。
家族にお金がかかる30代、40代で、どれだけたくさんの収入を得られるかを試しているのであり、ある程度限界が見えてくるとインセンティブによるモチベーションは低下します。
■ 退職は好きな日取り、引き継ぎは1日
日本と海外では、退職までのプロセスがかなり違います。日本企業では特定した個人への業務依存が大きいため、退職すること自体が一苦労です。海外の職場はほとんどがパーテーションで仕切られているため、横のつながりも希薄です。仮に突然退職したとしても、自分が告知しない限り、いなくなってもわかりません。個人と会社の結びつきが軽いなあと実感できます。日本の職場と海外を比較して、大きな違いは引き継ぎです。
「退職したいのですが」
「いつ辞めたいですか、退職希望日を教えてください」
「引き継ぎは、どうしますか」
「自分が引き取るので、構わない」
引き継ぎは、上司が一日レビューをして終わりです。退職は引き継ぎ終了後、即日OKです。業務報告はすべてデータに残されているので、上司はその経緯に沿って処理を後任に渡します。日本企業の退職前1ヵ月告知&引き継ぎという慣例がうそのように、海外企業での退職はあっさりとしています。
■ GOOD LUCK(幸運を祈る)
日本企業では、退職したいと申し出ると説得して残留を促す場面がよくありますが、海外ではさっぱりとしています。慰留はむしろ時間の無駄になります。
「GOOD LUCK」
転職とは、通常、今より条件もポジションもかなり上のオファーを受けることを意味します。海外では今より良好な条件で転職できる人は少なく、転職を受ける時は十分に石橋を叩いてから、契約するのがほとんどです。能力実績主義のため、できなければすべて自分の責任、家族にも迷惑がかかるため、慎重に慎重を重ねて決めます。
実際、高給のオファーにはリスクが付きもので、危険な業務など身体リスクがあったり、相談が十分にないまま達成すべき数字がでてきたりということが日常です。だから、GOOD LUCKということばをもらい、親しい仲間はみんな幸運を祈らずにはいられないのです。運不運とは契約条件だけでは分かりません。
また新しい職場で採用されている中途採用の人材は、日本企業の新卒一括採用に比べるとかなり多様性があります。果たして適合できるのでしょうか。海外の転職は、実際はそれほど多いものではなく、リスクを伴うことに変わりがありません。
日本の選択肢は小さくて、狭くて、少ない
グローバルに就業観や職業観を細かく見ていくと、日本国内の職場での選択肢は「小さくて、狭くて、少ない」と感じることが良くあります。日本国内では、若年層の未就労者や生活保護者が増えています。海外での働き方、仕事意識の違い、生きていく方法や手段の違いを鑑み、これからの日本人には既成の枠を超えて、あらゆるチャンスを模索して、頑張ってもらいたいものです。海外で切磋琢磨することは、自然に自分を強くしてくれます。
最近少しずつ英語の勉強を始めた
中国人の英語の発音ってネイティブに近くて
「やりすぎだろ」って思うときもあるけど、時々うらやましい。。。
顔の筋肉の違いなんでしょうねっ
http://xbrand.yahoo.co.jp/category/lifestyle/6700/5.html
中国人の英語の発音ってネイティブに近くて
「やりすぎだろ」って思うときもあるけど、時々うらやましい。。。
顔の筋肉の違いなんでしょうねっ
http://xbrand.yahoo.co.jp/category/lifestyle/6700/5.html
戦後、日本ではずっと“英語学習熱”が続いてきた。だが中・高・大学と10年以上も英語を勉強してきたのに、話せるようにならないという人が多い。翻ってアジアの隣人たちは、仕事で英語をバリバリ使いこなしている印象がある。実際には、日本と彼らの差はどんなものなのか、
その米国の大学への留学に必要なのが、英語力を証明するTOEFLテストのスコア。残念ながら、日本人の平均点は、中国、韓国に及ばない。もちろん、テストのスコアだけで国の英語レベルを単純に比べることはできないが、留学生の英語力を示す一つの目安にはなるだろう。
とくにスコアの伸びが著しいのが韓国だ。韓国は1997年に小学校3年生から英語を必修化し、国を挙げて英語力の向上に取り組んできた。一方、中国は少し遅れて01年にやはり小学校3年生からの英語必修化をスタート。同年のWTO(世界貿易機関)加盟を境に、英語学習熱がいっきに高まった。翻って日本では、02年に小学校の「総合的な学習の時間」のなかで一部、英語の授業が始まったが、必修化は今年の4月から。中国・韓国に後れをとった感は否めない。
とくにスコアの伸びが著しいのが韓国だ。韓国は1997年に小学校3年生から英語を必修化し、国を挙げて英語力の向上に取り組んできた。一方、中国は少し遅れて01年にやはり小学校3年生からの英語必修化をスタート。同年のWTO(世界貿易機関)加盟を境に、英語学習熱がいっきに高まった。翻って日本では、02年に小学校の「総合的な学習の時間」のなかで一部、英語の授業が始まったが、必修化は今年の4月から。中国・韓国に後れをとった感は否めない。
企業がグローバルな市場で勝負することが珍しくなくなったいま、「英語が使える」ビジネスパーソンのニーズはかつてないほど高まっている。だが企業の英語重視の姿勢とは裏腹に、日本では若者の「海外離れ」など内向き志向が指摘されている。
昨年、米名門ハーバード大学の学部入学者で日本人がついに1人になったことが話題となった。米国全体で見ても、日本人留学生の存在感は薄れるばかり。経済パワーの勢いを示すかのように、昨今、米国の大学に多数の留学生を送り出しているのは、中国、インド、韓国だ。
昨年、米名門ハーバード大学の学部入学者で日本人がついに1人になったことが話題となった。米国全体で見ても、日本人留学生の存在感は薄れるばかり。経済パワーの勢いを示すかのように、昨今、米国の大学に多数の留学生を送り出しているのは、中国、インド、韓国だ。
高校卒業までに学習する単語数でも、韓国が2800語、中国が3000語であるのに対して、日本は2200語と圧倒的に少ない。これでは、満足に英語でコミュニケーションすることは難しい。12年度から実施される新学習指導要領でこの点は見直され、高校卒業時点で3000語と、ようやく両国と肩を並べることになるが、成果が現れるのはしばらく先だ。
英語力で韓国・中国に大きく水をあけられてしまった日本。彼らの英語への取り組みかたには、私たちにも参考になる点が多いはずだ。
英語力で韓国・中国に大きく水をあけられてしまった日本。彼らの英語への取り組みかたには、私たちにも参考になる点が多いはずだ。
多くの日本人にとって、英語の勉強といえば「受験英語」のイメージが強い。英語習得に力を注ぐ中国や韓国の大学受験生たちは、入試でどれくらいの英語力を要求されるのだろうか。
日本のセンター試験と同様に、中国や韓国にも大学入試の統一テストが存在する。中国では「高考」、韓国は「修能」と呼ばれ、大学を目指す生徒はほぼ全員が受験する。
カリスマ英語教師として有名な兵庫県私立灘中学・高校の“キムタツ”こと木村達哉先生に、中国・韓国版センター試験の中身を比較してもらった。
「中国にも韓国にも共通するのは、マクロな視点で英語の文章の大意を把握する力が問われている点です。ある程度の知識も必要になりますが、一定量の文章を読んで、どういった内容が書かれているかを捉えていくスピードが求められています」
韓国の問題は170語程度の長さの文章が25題に、300語程度の長文が3題。中国では350語程度のものが6題、出題されている。時間内にすべて解答するには、速く読む訓練が必要だ。
「かなりのボリュームを読ませていくのは、東京大学の入試問題に近い傾向です。もしセンター試験の対策しかしていない日本の受験生が中国や韓国の試験を受けたら、5割も得点できないでしょう。これらの試験は日本の難関といわれる国公立大学のレベルです」
長文が多い中国や韓国のテスト形式は、英語を“使う言語”として捉えているといえる。さらに韓国はリスニングの配点が高く、より実用性の高さが求められる。
「中国、韓国がネイティブのような感覚で問題を解く力を試していることを考えると、これから世界に出て活躍するために必要な英語力の基礎を若い世代に課しており、国の勢いを感じさせますね」
一方、日本のセンター試験は文部科学省の学習指導要領に沿って出題されており、出題の観点が大きく異なる。日本では残念ながら、受験勉強が「使える英語」に直結していないのが現状だ。このため大学に入ってからTOEIC受験のためなど、社会で通用する英語を勉強し直す学生が少なくない。
試験の問題文を単語レベルで比較してみると、3ヵ国のあいだでそれほど差はないという。しかし問題を解くのに要求される力には、両国と日本のあいだに大きな差があいてしまっている。
「日本の学校も教科書を全訳しながら読んでいるようでは、アジアのライバル国たちに勝てないでしょうね」
日本のセンター試験と同様に、中国や韓国にも大学入試の統一テストが存在する。中国では「高考」、韓国は「修能」と呼ばれ、大学を目指す生徒はほぼ全員が受験する。
カリスマ英語教師として有名な兵庫県私立灘中学・高校の“キムタツ”こと木村達哉先生に、中国・韓国版センター試験の中身を比較してもらった。
「中国にも韓国にも共通するのは、マクロな視点で英語の文章の大意を把握する力が問われている点です。ある程度の知識も必要になりますが、一定量の文章を読んで、どういった内容が書かれているかを捉えていくスピードが求められています」
韓国の問題は170語程度の長さの文章が25題に、300語程度の長文が3題。中国では350語程度のものが6題、出題されている。時間内にすべて解答するには、速く読む訓練が必要だ。
「かなりのボリュームを読ませていくのは、東京大学の入試問題に近い傾向です。もしセンター試験の対策しかしていない日本の受験生が中国や韓国の試験を受けたら、5割も得点できないでしょう。これらの試験は日本の難関といわれる国公立大学のレベルです」
長文が多い中国や韓国のテスト形式は、英語を“使う言語”として捉えているといえる。さらに韓国はリスニングの配点が高く、より実用性の高さが求められる。
「中国、韓国がネイティブのような感覚で問題を解く力を試していることを考えると、これから世界に出て活躍するために必要な英語力の基礎を若い世代に課しており、国の勢いを感じさせますね」
一方、日本のセンター試験は文部科学省の学習指導要領に沿って出題されており、出題の観点が大きく異なる。日本では残念ながら、受験勉強が「使える英語」に直結していないのが現状だ。このため大学に入ってからTOEIC受験のためなど、社会で通用する英語を勉強し直す学生が少なくない。
試験の問題文を単語レベルで比較してみると、3ヵ国のあいだでそれほど差はないという。しかし問題を解くのに要求される力には、両国と日本のあいだに大きな差があいてしまっている。
「日本の学校も教科書を全訳しながら読んでいるようでは、アジアのライバル国たちに勝てないでしょうね」
こういう子良く駅前にいる~
英語バージョンははじめてみたので保存!
イケメン過ぎるホームレスが出現して話題となっていた中国だが、今度は天才すぎるホームレスが出現して話題となっている。「天才すぎるホームレス」と呼ばれている少女は、地面に中国語と英語で自己アピールを書き、通行人からお金を貰おうとしている。
このホームレスは大人が書くような美しい中国語を書き、さらに素晴らしく美しい英語で、「私は学生です。私の最大の願いは、勉強をすることです。しかし、家があまりにも貧乏なため、学校に通って勉強をする経済力がありません。助けていただければ、この恩恵は忘れてはしません」と、地面に書いている。
このホームレスの少女を知った中国人は、「英語を書けるホームレスが出現するとは、ホームレスにも国際化の波がやってきたか」や「天才ホームレスが誕生した!」と話していたという。
また、このような状況を知って中国の現状を危惧する人も現れ、「このような実力のある人間がホームレスをしなくてはならない現実。とても残念な状況だ」とコメントしている。ちなみに、このホームレスの少女が書いた文字だが、「正確な文字や文法だ」と、多くの中国人民から賞賛を得ているという。
このような実力を持つ人間がホームレスをしている現状も悲しいが、まだ10代の少女がホームレスをしている事も、非常に悲しい事である。この少女がお金に困らず勉強の事だけを考えて、明るい未来へと歩むことを願いたいものである。 寝ておきたら数ヶ国語ぺらぺらになりますよーに
なんてことは起こらないだろうから 地道にがんばるしかないんだな
過去の教材を整理しようと捨てる前に見てたら
結構レベルの高い内容を習ってたことに気づいた
普段使っていないと忘れてしまうねー もったいない
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
昏睡状態に陥った少女が目覚めたとき、周囲は度肝を抜かれた。12日(現地時間)、英テレグラフ紙が伝えたところによると母国語を話せなくなり、代わりにドイツ語を流暢に話せるようになっていたという。
なんてことは起こらないだろうから 地道にがんばるしかないんだな
過去の教材を整理しようと捨てる前に見てたら
結構レベルの高い内容を習ってたことに気づいた
普段使っていないと忘れてしまうねー もったいない
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
昏睡状態に陥った少女が目覚めたとき、周囲は度肝を抜かれた。12日(現地時間)、英テレグラフ紙が伝えたところによると母国語を話せなくなり、代わりにドイツ語を流暢に話せるようになっていたという。
注目が集まっているのはクロアチアのクニン南部に住む13歳の少女。突然、昏睡状態に陥ったこの少女は24時間後に目覚めたとき、母国語であるクロアチア語を全く話せなくなっており、何故かドイツ語を完璧に話せるようになっていた。
両親によると最近、この少女は学校でドイツ語を勉強し始めたばかりだった。ドイツ語の本を読んだり、ドイツ語のテレビを見たりするようになってはいたが、決して流暢に話せるレベルではなかったそうだ。
彼女の担当医は「とても珍しいケースだ。様々な分野の専門家たちが、どうして言語が入れ替わってしまったのかを調査している」と話す。少女が入院している病院の責任者は「いくつかの仮説をたてているが、患者のプライバシーを尊重して詳細は話せない」としている。
また、同病院の精神医学の専門家は「まるで奇跡のような出来事だが、理論的な説明が必要だ。しかし我々はまだそれを発見できていない」と首を傾げている。同病院では、謎を解明するために今後も調査を進める考えだ。いくら勉強していたとはいえ、話せなかった言語が話せるようになり、話せたはずの言語が話せなくなるとは、なんとも不思議な出来事である。


